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最高裁判所第一小法廷 昭和60年(あ)457号 決定

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人花本徳美の弁護人上口利男、同山口均の上告趣意及び被告人中川一の弁護人村松弘康の上告趣意は、いずれも単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

なお、第一審判決及び原判決の認定によれば、本件の事実関係は、以下のとおりである。すなわち、被告人花本は、自己の経営する飲食店「五十三次」の宣伝に供するため、写真製版所に依頼し、まず、表面は、写真製版の方法により日本銀行発行の百円紙幣と同寸大、同図案かつほぼ同色のデザインとしたうえ、上下二か所に小さく「サービス券」と赤い文字で記載し、裏面は広告を記載したサービス券(第一審判示第一、一のサービス券)を印刷させ、次いで、表面は、右と同じデザインとしたうえ、上下二か所にある紙幣番号を「五十三次」の電話番号に、中央上部にある「日本銀行券」の表示を「五十三次券」の表示に変え、裏面は広告を記載したサービス券(同第一、二のサービス券)を印刷させて、それぞれ百円紙幣に紛らわしい外観を有するものを作成した。ところで、同被告人は、右第一、一のサービス券の作成前に、製版所側から片面が百円紙幣の表面とほぼ同一のサービス券を作成することはまずいのではないかなどと言われたため、北海道警察本部札幌方面西警察署防犯課保安係に勤務している知合いの巡査を訪ね、同人及びその場にいた同課防犯係長に相談したところ、同人らから通貨及証券模造取締法の条文を示されたうえ、紙幣と紛らわしいものを作ることは同法に違反することを告げられ、サービス券の寸法を真券より大きくしたり、「見本」、「サービス券」などの文字を入れたりして誰が見ても紛らわしくないようにすればよいのではないかなどと助言された。しかし、同被告人としては、その際の警察官らの態度が好意的であり、右助言も必ずそうしなければいけないというような断言的なものとは受け取れなかったことや、取引銀行の支店長代理に前記サービス券の頒布計画を打ち明け、サービス券に銀行の帯封を巻いてほしい旨を依頼したのに対し、支店長代理が簡単にこれを承諾したということもあってか、右助言を重大視せず、当時百円紙幣が市中に流通することは全くないし、表面の印刷が百円紙幣と紛らわしいものであるとしても、裏面には広告文言を印刷するのであるから、表裏を全体として見るならば問題にならないのではないかと考え、なお、写真原版の製作後、製版所側からの忠告により、表面に「サービス券」の文字を入れたこともあり、第一、一のサービス券を作成しても処罰されるようなことはあるまいと楽観し、前記警察官らの助言に従わずに第一、一のサービス券の作成に及んだ。次いで、同被告人は、取引銀行でこれに銀行名の入った帯封をかけてもらったうえ、そのころ、右帯封をかけたサービス券一束約一〇〇枚を西警察署に持参し、助言を受けた前記防犯係長らに差し出したところ、格別の注意も警告も受けず、かえって前記巡査が珍しいものがあるとして同室者らに右サービス券を配付してくれたりしたので、ますます安心し、更に、第一、二のサービス券の印刷を依頼してこれを作成した。しかし、右サービス券の警察署への持参行為は、署員の来店を促す宣伝活動の点に主たる狙いがあり、サービス券の適否について改めて判断を仰いだ趣旨のものではなかった。一方、被告人中川は、被告人花本が作成した前記第一、一のサービス券を見て、自分が営業に関与している飲食店「大黒家」でも、同様のサービス券を作成したいと考え、被告人花本に話を持ちかけ、その承諾を得て、前記写真製版所に依頼し、表面は、第一の各サービス券と同じデザインとしたうえ、上下二か所にある紙幣番号を「大黒家」の電話番号に、中央上部にある「日本銀行券」の表示を「大黒家券」の表示に変え、裏面は広告を記載したサービス券(第一審判示第二のサービス券)を印刷させて百円紙幣に紛らわしい外観を有するものを作成した。右作成に当たっては、被告人中川は、被告人花本から、このサービス券は百円札に似ているが警察では問題ないと言っており、現に警察に配付してから相当日時が経過しているが別になんの話もない、帯封は銀行で巻いてもらったなどと聞かされ、近時一般にほとんど流通していない百円紙幣に関することでもあり、格別の不安を感ずることもなく、サービス券の作成に及んだ。しかし、被告人中川としては、自ら作成しようとするサービス券が問題のないものであるか否かにつき独自に調査検討をしたことは全くなく、専ら先行する被告人花本の話を全面的に信頼したにすぎなかった。

このような事実関係の下においては、被告人花本が第一審判示第一の各行為の、また、被告人中川が同第二の行為の各違法性の意識を欠いていたとしても、それにつきいずれも相当の理由がある場合には当たらないとした原判決の判断は、これを是認することができるから、この際、行為の違法性の意識を欠くにつき相当の理由があれば犯罪は成立しないとの見解の採否についての立ち入った検討をまつまでもなく、本件各行為を有罪とした原判決の結論に誤りはない。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 四ツ谷 厳)

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